正しいということ
今はだいぶ丸くなったが、人としてが口癖のような性格だった。
幼い頃から周りと違うことは認識していたし、ここじゃないどこかに居場所があるとそう思っていた。
大抵の人間は、自分達とは違う異物を排除しようとするし、変わり者と言われるのはしょっちゅうだった。
人と違う視点を持っていたと思う。
なんとなく皆に合わせることも最初はするのよ。興味なくてもアイドル雑誌読むとかさww
でも、無理なもんは無理よなw
そんなだから、理解者も少ないし、一人でいることを好んだ。いじめられていたと認識していないのだから、そこにいじめは存在しないが、今考えるといじめだったのかもしれないww
わたしが正しい、正義の人と呼ばれるエピソードがいくつかある。
(自分が正義だの思っていないのよ、あたしの目からはそう映ったってだけなんだけどねw)
まだ未就学児の頃、一つ上の兄が叩かれて帰宅した。泣きながら帰った兄を見て、その辺にあった棒を掴んで、叩いた子の家まで単身乗り込んだ。その家の息子はわたしの同級生。いまだに、そこのおばさんに会うと言われる。みーのお兄ちゃん虐めたのだれ?みー許さないから。って来たよねって。なかなかえぐいww
高校の時も、駅で隠れてタバコを吸う連中にコソコソやんなや。みっともねー。やるなら堂々とやれ、と声をかけた。だいぶ経ってから、その連中は後輩で、あの人は怖いと噂になってたらしい。これも会うと言われるやつw
そんな話、言った本人が真っ先に忘れている。言ってしまうが、さっぱりしたもんだ。(違うかw)
社会人になって、こんな性格だもの、まー軋轢は産むはな。迎合できんし忖度できん。パワハラを何年にも渡って受けた。のちに、その相手はあちこちでパワハラをし、被害者を増やし問題は表面化するんだけどね。その問題が表面化する10年も前の話だ。相手は、直属の上司にあたる人だった。本当に底意地の悪い人でね。見えないところでのパワハラだけでなく、まるでわたしが百、悪いかのように、会社中に噂を流された。口だけの仕事のできない出来損ないのようにね。でもね、それでも曲げんかった。耳にした社員で、彼の話だけを鵜呑みにする連中はあからさまに態度を変えてきたし、嫌味も言われた。わたしはその人には何もしてなくてもね。噂をそのまま信じる人って少なからずいるでしょう。労働組合もあったが、全然話にならん。
(これがきっかけで、この後、毎年労組を抜けたいと本氣で騒ぎ、労組幹部を困らせた社員はわたしだ。信用できるかクソが、だわよw)
自分がわかってさえいればいい。お天道様は見ておられる。そう思って、やってきたよ。
するとね、見てくれている人は必ずいるのよ。異動で赴任した支店長がまさにそんな人だった。赴任した最初の面談で、色々話は聞いている。でも俺は俺の目で判断するから。そう言ってくれた。わたしは通常運行で仕事をこなした。1、2週間もするとさ、ちゃんと評価されるのよね。
いつもありがとうな。一生懸命業務にあたってくれて助かる。そう言われ、涙が出たもの。
わたし自身が別の店に異動となったとき、やはりその噂を鵜呑みにし、初日からあからさまな態度の社員がいた。
みーさんて生意気なの、聞いてるよ、俺、あいつの同期だから、とね。
あいつ?あー、そうなんですか。よくわかんないですけどwwww
これ以上は言わず、ただ淡々と、正々堂々と業務にあたる。正確に規定に沿って。(わたしがひたすら規定を頭に叩き込んだのは、こういう経緯もあったのだ。文句言わせっかぼけ的なw)
するとね、やっぱり不思議なんだよ。初日に生意気だと言い放った社員が、態度を変えたから。
こいつ、できんじゃんってね。パワハラを受けたことで、スキル習得により自己防衛した。足元すくわれないようにね。そのお陰で、一目置かれていたからさ。
幼い頃から変わっていると揶揄され、大人になっても迎合忖度できないわたしは、損をしているように周りには見えていたかもしれない。
だが、結果、ちゃんと本質を見抜く目を持つ人は現れるし、何より、自分自身の直感を磨くには最適な環境だったわけだ。
正義感というと、色々言いたいことはあるのよ。前も話したが、正義感で表されるのが嫌だからさ。今は迎合とは違う、忖度とも違う、ただ正しいことを話す時は、一呼吸置くようにしているということ。
兄を虐めた子の家に単身乗り込む少女は、振りかざした途端正義は正義でなくなることも、いろんな経験を経て理解できるようになったのさ。
パワハラした彼も、彼なりの言い分があったし、立場もあったのだろうと今は推測できるわけでね。それも時間がそうさせてくれたって話。
このパワハラが、のちに良き出会いを産むんだから、それも面白いよね人生って。この世は虚うでしょ。全て無。そこに意味を成すのは、己自身だよね。無駄じゃなかったな、ここに行き着く為かーって話よ。
あたしの転機となる出会い。それはまたの機会に記します。
読んでくださった方、ありがとうございます。